独占連載コラム/嶋田智之の『人生はペペロンチーノ』【Vol.4】

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Vol.4

「パワーいらね!」と血迷ってみる 後篇

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さてさて、自分に対してもギョーカイの一部の方に対しても、ちょっとばかり挑発的かも知れないタイトルの元に書き殴った前回のコラム。最後に上の写真を添えて「次回のお話のヒントでーす!」みたいな感じで締めくくったところ、僕のFacebookとかでは、コラムの内容なんてそっちのけのコメントを幾つかいただいて、このクルマの話題でひとしきり盛り上がった。

このクルマ──そう、アウトビアンキ/ランチアY10である。するってーと嶋田はY10が欲しくてそれが『カエルナラ イタリア』に出品されるのを待ってるわけか? と考える読者さんもいらっしゃるかも知れないが、違う。Y10ももちろん嫌いじゃないけど、違う。

なら、なぜY10の写真を? 実はこのクルマのグレード名が鍵なのだ。写真のクルマは正式名称を“AUTOBIANCHI / LANCIA Y10 FIRE”という。その一番最後の“FIRE”が重要だったのだ。……ん? 写真からはグレード名なんて判らない? おー、そうかも知れない。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

とにかく、お話は“FIRE”、日本では“ファイア”である。イタ車好きの中には御存知の方も少なくないだろうけど、これ、エンジンの名称なのだ。より正確にはエンジンのシリーズの名称。Fully Integrated Robotised Engineの略で、完全統合型機械式組立てエンジンというか何というか。つまりはオートメーションによる組立てプラントで製造されるエンジン、である。

今となっては珍しくも何ともない製造方法だが、そのプロジェクトがスタートした時点のフィアット・グループにとってはエポックメイキングな出来事だったのだ。何より旧態依然としたエンジンとは異なることをアピールしたいという思惑もあったのだろう。1980年代の初頭に現在のフィアット・パワートレーン・テクノロジー社のルーツとなる部門がコスト削減のために計画を推し進め、現在も熟成や発展を繰り返しながらFCAグループ(フィアット・グループの現在の名称ね、念のため)の様々な車両に搭載されている、実に息の長いシリーズである。

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上の写真は比較的新しめのものだが、構造的に比較的パーツ点数が少なくシンプルで軽かった直列4気筒のこのファイア・エンジンが最初に搭載されたのは、いうまでもなくこの下のクルマ、Y10である。グレード名にしちゃってるという辺りからも想像はつくだろう。

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写真のクルマは“Y10 FIRE FILA”。1987年にスポーツ・ブランドの“フィラ”とコレボレートして生まれた、Y10最初のスペシャル・エディションだ。当時としてはお洒落に感じられたものだったが、中身は通常のY10 FIREと一緒。そのY10 FIREこそがファイア・エンジンを最初に搭載したモデルで、デビューは1985年。そして最初のファイア・エンジンは999ccのSOHC 8バルブだった。46psしかなくて、フレキシブルだったけど、遅かったなー。

次いで同じ年にこの80年代フィアットの名車ウーノに、同じ999ccユニットが搭載される。懐かしさに感涙する人もいるかも。

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さらに翌1986年、今度は世界の名車ファースト・パンダ。通常のパンダの903cc、パンダ4×4の965ccに代わって同じ999ccが、1987年には古い769ccOHVに代わって同じ排気量ながらSOHCのファイアが搭載される。

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そっから先は、もうファイア・エンジンのオン・パレードみたいなものだ。フィアット・ブランドでは、ティーポ、プント、“四角い”チンクエチェント、ブラーヴォ&ブラーヴァ、パリオ(……知らないよねぇ?)、“2代目(とココではいっておこう)”セイチェント、スティーロ(コレも知らないかなぁ……?)、イデア(コレはほとんど知られてないな、たぶん……)、グランデプント、リネア(思い浮かばないだろなー)、それに“2代目”500やセカンド・パンダといったお馴染みの面々にも当然ながら積まれてる。

ランチアのイプシロン、ムーザ(イプシロンのMPV版みたいなヤツね)にはもちろん、欧州フォードのカー、インドはタタのインディカやインディゴなんていう僕も知らないクルマにも搭載されている。

ヴァリエーションも豊富で、760ccの8V、999ccの8Vと16V、1108ccの8V、1242ccの8Vと16V、1368ccの8Vと16Vがあって、年代やクルマの性格づけによって燃料供給のシステムなんかが違ってるから、系譜は結構ややこしい。

ちなみにこの2台が搭載してるエンジンも、系譜でいうならファイア・エンジンの末裔だ。

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アルファロメオのミトやジュリエッタ、さらには500Xやジープ・レネゲードに搭載されている1368ccエンジンは、マルチエア・システムやターボチャージャーを備えてはいるけれど、ベースになってるのはファイア・シリーズのエンジンなのだ。それも含めて20か21か、そのくらいの種類のファイア・エンジンが送り出されてきたのである。

で、その中で個人的にどの辺りが好みなのかといえば、僕は1242ccのわりと新しめのヤツがいい。最初に結構な好印象をハッキリと抱いたのは、実はこのクルマだったのだ。

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セカンド・パンダである。2004年だったかな? 最初に走らせたときに「あれ? ファイア・エンジンってこんなによかったっけ?」と感じさせられた。いや、たった60psに10.4kgmだったから、ちっとも速くはないのだ。尖ったところも全くない。でも、吹け上がりは元気で爽やかだし、回り方が何ともいえない滑らかさで、サウンドも官能的とはいえないけどちょっとばかりスポーティで健康的。低回転域からトルクは不満ないぐらいには出てきてくれるし、全域でフレキシブル。中速域からよく伸びていく感じで、5000rpmで最高出力を発揮するから回しても無駄なことは解ってるけど、6500rpm近くまで勢いよく回る。街中でのんびり走って気になることは何もなく、その気になれば走る楽しさをしっかり提供してくれる。いやー、実用エンジンでコレかよ……と思わされたものだ。いや、スピードはちっとも大したことないのだけどね。

それにも増して好印象だったのは、こっち。

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2007年のデビュー直後に本国で初めて試乗したときから、今の今までずっと好印象。ツインエアが登場してからは「優れてるのはツインエアだし、クルマのキャラによりマッチしてるのもツインエア」というのが持論ではあるのだけど、だからといって1.2ファイアに対する好印象にも変わりはないのだ。

500の1.2ファイアは、セカンド・パンダの1.2ファイアとはちょっと違う。500のデビューに合わせたのかどうかは定かじゃないが、2007年以降の1.2ファイアにはVVT(可変バルブ機構)が備わっていて、パワーは69psへと9ps向上し、最高出力発生回転も500rpm上がって5500rpmとなった。トルクは10.4kgmと変わらないけど、こちらも最大トルク発生回転が500rpm上がって3000rpmになっている。完全ファミリーユース方向であるパンダよりスペシャルティ色の強いキャラに合わせて少しスポーティに振った、と見ていいだろう。

ただし体感的にどうかといわれたら、だからといってそんなに速さを増してる感じはない。ただどことなく、あくまでもどことなーくなのだけど、1.2ファイアの持つ爽やかさや活発さ、滑らかさといったフィーリングの面が、僅かながらさらによくなってるような気がしてる。

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上は500用1.2ファイアのパワー・カーブとトルク・カーブを示した図。高く盛り上がってる方のパワー・カーブを見ていただくと解るとおり、大きな波が全くなく、アイドリング+αの辺りから4500rpmまで直線的にパワーが伸びていって65psへ届き、そこから先の1000rpmでなだらかになりながらも4psを稼いでる。もう一方のトルク・カーブでは、アイドリングより少し上の1500rpmぐらいですでに9割ほどのチカラを発揮してじんわりとトルクを湧き上がらせながら回り、3000rpmから4500rpmまでの間で全力といえるチカラを発揮し続けている。そこから先はトルクは落ち込んでいき、仮に6000rpmまでブン回したらトルクは全体の8割ぐらいまで落ちるけど、その時点ではまだパワーは最高に近い領域にあるからドライバーは気にならない。この図から読み取れるのは、あらゆる回転域で扱いやすく、フレキシブルで、スムーズで、ストレスがないエンジン、ということだ。

そして重要なのは、実際にそのとおり、ということなのである。フィアット(というかFCA)の熟成力、実はかなりのレベルにあるのだ。まぁ……スピードは大したことないのだけどね。……って、近頃の僕の理想どおりじゃないか!

そんなわけで、僕の『カエルナラ イタリア』の中でのクルマ選び候補の方向性が、少しずつ定まってきたような気がする。エンジンは“ファイア”を積んでるヤツ、というのがが最有力候補かな……と。ブランドに関わらずね。……いや、フォード・カーとかタタはないか。

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ちなみに下は次回のヒント! じゃなくて、サービス・カット。あんまり見たことないでしょ? 2代目フィアット500のスケルトン・イラスト。

 

嶋田智之(しまだ ともゆき)prof1964年生まれ。クルマ好きがクルマを楽しみ尽くすためのバイブル的自動車雑誌として知られる『Tipo』の編集長を長く務めて不動の地位を確立し、スーパーカー雑誌の『ROSSO』やフェラーリ専門誌『Scuderia』の総編集長を歴任した後に独立。クルマとヒトを柱に据え、2011年からフリーランスのライター、エディターとして活動を開始。自動車専門誌、一般誌、Webなどに寄稿するとともに、イベントなどではトークショーのゲストとして、クルマの楽しさを、ときにマニアックに、ときに解りやすく語る。走らせたことのある車種の多さでは自動車メディア業界でも屈指の存在であり、また欧州を中心とした海外取材の経験も豊富。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

 

INDEX
Vol.1 連載初回にしてまさかの”ここでクルマ買うぞ!”宣言!?
Vol.2 気分は”地味色イタリアン”
Vol.3 「パワーいらね!」と血迷ってみる 前篇
Vol.4 「パワーいらね!」と血迷ってみる 後篇

 

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